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Vol.39 新たなアートの地平へ活躍の場を世界に広げる|人々|ライフスタイル&グルメ紹介|富士山の別荘ならフジヤマスタイル

ものづくりに無縁の歩みから一転、切り絵作家というアートの道に

山梨県富士吉田市出身の百鬼丸氏は、1980年代に切り絵作家としてデビューしてからこれまで30年以上にわたって、国内を代表するアーティストとして多彩な創作活動を展開されています。そんな百鬼丸氏を個展開催中の原宿のギャラリーにお訪ねして、デビューからの歩みとこれまでの仕事、そしてこれからの活動などさまざまなお話をお聞きしました。

県立吉田高校から大学の建築科へと進学し、卒業後は設計会社に勤務していた百鬼丸氏が、それまでまったく接点のなかった切り絵と出逢ったのは27歳のことでした。

「もともと絵には関心があったんですが、それを将来の道にしたいとは考えたことがなかったんです。でも設計に携わるようになってしばらくすると、設計という仕事にどこか違和感を覚え始めたんですね。それはもっと自分らしい、夢のある何かができないだろうかという想いです。そこで様々なジャンルの仕事を模索している中で焼き物と出逢ったのが自分の転機でした」。

愛知県の常滑に出向いて焼き物に専念した百鬼丸氏。手先の器用さには自信があったものの、そこで同世代の作家たちとのキャリアの差に気づかされ、他の誰もが手掛けていない自分自身だけの工夫を求める中で発見したのが、紙状の粘土を切って作品に仕上げるという新たな手法でした。

「幸い技法や作品についてはとても高い評価を得たんですが、そもそも粘土は切って加工するには不向きな材料、ならば純粋に切る表現一本で勝負しようと、切り絵の世界に飛び込んだんです」。

こうして切り絵という世界に針路を得た百鬼丸氏。自分なりの工夫を凝らして研鑚を重ねると「切り絵は自分に合っていたんでしょうね」と言う通り、わずか2年あまりでプロデビュー。さらに大手雑誌である「旅」への連載という大きな仕事が決まります。その後は気鋭の若手切り絵作家としての評価を高め続け、サンデー毎日の表紙連載を始め、単行本・文庫本の表紙装幀など、着実に作家としての名を上げていきました。

世界を舞台に、さらなる切り絵の可能性を求めて

商業ベースでの切り絵の仕事は、まさに順風満帆。数々の大きな仕事を手掛け、国内でも有数の切り絵作家として確かな足取りを残してきた百鬼丸氏ですが、そこに満足することなくさらなる切り絵の可能性を求め続けました。それが切り絵の魅力を生かした新たな領域への挑戦です。

「甲府武田神社や浜松町の正伝寺、那須の乃木神社などで手掛けた御朱印の仕事は、新ジャンルの表現としてとても面白い仕事でしたね」という氏の興味と意欲は、さらにカテゴリーを越えて大きく広がり、工芸と切り絵の融合や、音楽とのコラボレーションなどへと広がっていきます。

活動のステージにおいてもそれは同じ。バルセロナでの個展を皮切りに、シカゴ、ニューヨークなど世界各地へと飛び出していった百鬼丸氏。「海外の方は、私の切り絵に対する反応がとてもダイレクトなので、その手応えが嬉しいんです。5年前にコロラドスプリングス市のファインアーツセンターで4mもの巨大なインディアンの切り絵を制作した時には、市の図書館からぜひにと乞われてこの作品を寄贈しましたし、ニューヨーク・ブルックリンのアート協会のコンペに参加した際に、音楽と切り絵のコラボレーションをしたところ、それまで見たことのない技に皆とても驚いていましたしね」。

その他にもシカゴ日本文化会館でのライブや展覧会、ユニクロでのデモンストレーションライブなどオリジナルの工夫を凝らした多彩な表現で、多くの方からの絶賛を全身で感じ続けた氏は、しかしその一方で、どうしても越えなければならないハードルがあることをも実感したと言います。

「いろんな都市のギャラリーで個展を開催したり多数のイベントに参加したりしてきましたが、単発の催しではどうしても限界があるんです。もちろんお客様はとても驚き興味も持ってくれるのですが、そこから先へと広がっていく手応えを感じることができないんですね」。

そんな想いから氏が次のステップとして掲げたのが、活動ステージの海外への移転。新たにニューヨークに拠点を据え、現地のアーティストやギャラリーとの密接なつながりを築きながら作家活動を展開することで、自分の作品・表現を、点から面へと広げていこうと、海外進出への具体的な準備を着々と進めている真っ最中なのだそうです。

ふるさと富士吉田市と山梨県への想い

まさにこれから活躍の場を世界に移そうとしている百鬼丸氏に、改めてふるさと山梨、そして富士吉田への想いをお聞きしました。

「ふるさとへの想いは、自分でも強い方だと思っています。実際に山梨県や富士吉田市からの依頼にはできるだけ応えたいと、作品制作やイベント、テレビ出演など、地元での活動には力を注いできましたしね」。

百鬼丸氏がこれまでに手掛けた地元関連の仕事は、富士吉田市立病院のロビーに飾られた3m×7mの巨大な陶壁画や、出身校でもある県立吉田高等学校の陶壁画、「吉田の火祭りポスター」の公開制作、山梨県の「風林火山博」公式イラストレーターとしての武田二十四将立体切り絵公開制作など多岐にわたり、併せて山梨県内でのテレビ出演や新聞取材なども数え切れないと言います。

そんな百鬼丸氏が地元に対して思うこと。それは地域の未来のために、自分の作品をもっと広く活用してほしいという願い。「例えば武田二十四将立体切り絵などは、もっと広く地域の方々の目にふれる機会があれば、山梨への地元愛をさらに深めていくことに役立ててもらえるのではないかと思っているんです。私がめざす活動も同じですが、単発で終わるのではなく、つねにその先の広がりへとつながっていくことが大切ですからね」

作家として表現者としての旺盛な意欲とともに、つねに未来の可能性を見つめる百鬼丸氏。大切な地元に向けても、それと同じ熱い視線が注がれていました。

切り絵作家 百鬼丸さん

切り絵作家 百鬼丸さん

切り絵作家 百鬼丸さん

切り絵作家 百鬼丸さん

Profile 
切り絵作家 百鬼丸

1951年生まれ。山梨県富士吉田市出身。27歳から切り絵を始め、2年後にプロデビュー。

今年6月でプロ38年、切り絵歴40年目を迎える。多くの雑誌の表紙連載や800点もの書籍カバー画などを含め、これまでに10000点以上の作品を送り出し、切り絵作家としては別格の実績を誇る。

www.hyakki0.com

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