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富士に魅せられその一瞬を切り取る

コンセプト・ヴィレッジの人々

Vol.49

富士に魅せられその一瞬を切り取る

富士山フォトグラファー
関口陽子さん

闘病を支えてくれた富士山 その姿を患者さんに届けたい

週末は看護師から富士山フォトグラファーに

刻々と表情を変化させる山肌。それを取り囲む空も、星も、湖も、またたく間に色を変えていく― 。その一瞬を慈しむようにシャッターを切るのは、富士山フォトグラファーの関口陽子さん。東京都内の自宅から、週末、山中湖の別荘に通い、四季折々の富士山を写真に納めています。

「富士山の夜明けが好き。特に冬ですね。星もきれいだし、積もった雪が、朝日に赤く染まっていく瞬間がとてもいいんです」。瞳を輝かせながらこう話す関口さんは、凛とした佇まいが印象的な女性。平日は、看護師として都内の病院に勤務しています。金曜日の仕事が終わると仮眠を取り、車で約2時間かけて山中湖へ。日の出前には、湖畔でカメラを構えているそうです。

「テクニックによって、肉眼とは違う景色を表現できるところが写真の魅力ですね」。関口さんの作品から伝わるのは、やわらかい色調のグラデーションが織りなす幻想的な世界。片隅には、仲睦まじく寄り添うハクチョウの姿も。そんな美しい世界に生かされている命の輝きと尊さが、静かに伝わってきます。

関口さんが写真を始めたのは5年ほど前。SNSで知り合った女性カメラマンに憧れ、師事したのがきっかけです。同じころ、友人と共同で山中湖に別荘を購入したこともあり、写真仲間と一緒に富士山を撮るようになりました。そこで出合ったのが、これまで知らなかった富士山の多彩な表情。すっかり魅せられ、毎週、一人で通うようになったといいます。「初めて夜の富士山を見たときは、興奮して思わず声を上げたほど。いろんな顔をもっと見たい、もっと撮りたい、という気持ちでいっぱいになって、持ち前のストイックさが出てしまいました( 笑)」

病気への不安をちっぽけなものに変えてくれた

富士山と山中湖。関口さんが心を寄せるこの二つは、写真を始める前から、特別な場所だったといいます。深く記憶に刻まれているのは、看護学生時代、夏にボランティアとして訪れた山中湖畔にある診療所です。医療の仕事を志す仲間と共に、夢に向かって奮闘した日々は、人生の宝物になりました。その象徴が、みんなで早起きをして眺めた、朝日に染まる赤富士だったといいます。

その後、21歳で看護師の国家試験に合格。マザーテレサに憧れ、目指してきた看護師への道を順調に歩んでいました。しかし、その直後、予期せぬ出来事が起こります。大腿骨にがんが見つかったのです。「また歩けるようになるのか。再び富士山を訪れることはできるのか」― 。大きな不安を抱えながら闘病生活が始まりました。日に日に体力が落ちていく中で関口さんが決意したのは、自分の足で富士山に行くこと。手術の直前、外泊許可を取り、バスで一人、山中湖の診療所へと向かいました。

そこには、学生時代と変わらず、視界いっぱいに広がる富士山の姿が。「すごい存在感でした。あと何年生きられるのかという悩みが、ちっぽけに思えてきて。治療してみないと先のことは分からない。悩んでいても仕方がないってことを富士山に教えてもらったんです。もう一度、富士山に会いに来たいから、頑張ることができました」

気持ちに寄り添い、穏やかになれる写真を

手術後は、抗がん剤治療を受けながら大学に編入して学び、24歳で病院に就職。現在は、自身が治療を受けたがん専門病院で働き、手術室の看護師として、医師や患者さんをサポートしています。手術室の看護師は病棟の看護師と違い、患者さんと接する時間が短いそうですが、「自分も病気の経験者として、患者さんの立場で考え、心に寄り添えるケアがしたい」と関口さん。病院内には、自身が撮影した富士山の写真を飾り、その下に、メッセージを添えています。

「なにがあっても 心静かに受け入れる そっと誓った朝」

「優しく染まった時間に 未来を思う 当たり前ではない明日を迎えにいこう」― 。

先日、嬉しい出来事がありました。手術室に入る直前の患者さんから、「関口さんの写真が好きで、いつも見ています」と声を掛けられたそうです。「私の写真を見ることで、患者さんやご家族が、少しでも穏やかな気持ちになってもらえたらいいな」。そう言って満面の笑顔で喜びます。

撮影の時間が、ハードな毎日の原動力

関口さんが担うのは、緊張感に包まれた手術室で、何時間も立ちっぱなしで働くこともあるハードな仕事です。しかし、週末の撮影を休むことはほとんどありません。その時間が、毎日の原動力だと語ります。「大好きな富士山と向き合う時間があるから、東京でも頑張ろうと思える。これからも、私が富士山から受け取った励ましや前向きな気持ちを伝えられる写真を撮っていきたいですね」

苦難を乗り越え、好きなことを追い続けている関口さんだからこそ写し出せる富士山。今日も誰かをそっと勇気づけています。

山中湖の湖畔で早朝の富士山を写真に収める

山中湖の湖畔で早朝の富士山を写真に収める(撮影:井坂孝行)

冬の大三角形が見事なパノラマ台から見る富士山(関口さん撮影)

冬の大三角形が見事なパノラマ台から見る富士山(関口さん撮影)

今年1月に東京・銀座で開催した初の個展「 1 / f 」

関口陽子さん

富士山フォトグラファー

関口陽子さん

1981年東京都生まれ。21歳で看護師資格を取得直後、左大腿骨の骨肉腫と診断される。24歳から病院で働き、現在、がん専門病院に勤務。その傍ら、週末は山中湖の別荘に通い、富士山を撮影する。「星のある風景フォトコンテスト」グランプリなど数々の賞を受賞。今年1月、東京・銀座で初個展を開催。

公式ブログ:https://upasthana.mystrikingly.com/

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